福岡地方裁判所 昭和52年(行ク)4号 決定 1977年5月19日
申請人 木村正行
被申請人 北九州市小倉中福祉事務所長
主文
被申請人が昭和五二年三月三〇日申請人に対してなした木村操及び木村智子についての貴船保育所への入所措置決定処分の効力を本案(当庁昭和五二年(行ウ)第一〇号)判決確定に至るまで停止する。
申請費用は被申請人の負担とする。
理由
(申請の趣旨及び理由)
申請の趣旨は主文掲記のとおりであり、その理由は別紙一に記載のとおりである。
(被申請人の意見)
別紙二に記載のとおりである。
(当裁判所の判断)
一 当事者双方の一致した主張及び本件各疎明資料(申請人木村正行、同人の妻木村ジツ子各審尋の結果を含む。)によれば、申請人は長男木村操(昭和四八年九月三日生)、長女木村智子(昭和五〇年一二月三日生)の両名(以下「本件児童」という。)を児童福祉法所定の措置として保育所に入所させるよう被申請人に申込んだところ、被申請人は昭和五二年三月三〇日本件児童を貴船保育所に入所させて保育する旨の措置決定をしたこと、申請人は同和地区内に居住し、その住居から約三メートルの道路を隔てた真向いに北九州市立紫町市民館保育所(以下「本件保育所」という。)があつて、従前より同和地区住民の児童が多く入所していたが、北九州市においては昭和四九年四月本件保育所を他に五個所の保育所とともに同和保育所と定め、同和地区住民の児童のみをこれに入所させることとし、同和地区児童であるかどうかの判別の資料とするため、同和保育所への入所を希望するものに対し部落解放同盟小倉地区協議会(以下「解同小倉地協」という。)の確認を得させる(具体的には、用紙欄外に解同小倉地協の確認印が押捺された保育料滅免申請書を提出させる)という取扱いを始めたこと、申請人は解同小倉地協紫町支部に所属し、その役員をつとめたこともあり、従前長男操を本件保育所に入所させるにあたつては、北九州市の定めた右のような取扱いに従つて保育申込みをしていたこと、昭和五一年五月二二日いわゆる「狭山差別裁判」反対のための同盟休校が実施された際、これに先だつて解同小倉地協の役員が同紫町支部に来て中央の方針について意見を徴したのに対し、申請人及び妻ジツ子は、このような運動に幼児を巻き込むのは好ましくないとの考えから反対意見を述べ、同盟休校の当日も操を本件保育所に通園させたこと、ところが、紫町同和地区住民の中には申請人と意見を同じくして子弟、児童を休校させなかつた者が相当数居たのであるが、その後間もなく申請人のみがみせしめと称して解同小倉地協を除名され、しかも、右除名なるものは本人の不知の間に行われて正式の通知もなく、申請人としては不服を申立てる有効な方途もないまま事実上の不利益を甘受せざるをえない状況であつたこと、そこで、申請人は、昭和五二年二月、操の保育所継続入所及び智子の同新規入所を被申請人に申込むに際し、右の事情を告げて相談をしたところ、本件保育所への入所を希望するなら解同小倉地協の確認印を得て来るよう担当職員から勧められたのであるが、申請人は、自ら不当と信ずる解同小倉地協の処置に屈する結果となることを潔しとせず、右確認印を得て来なかつたため、被申請人は、本件児童を貴船保育所に入所させる旨の本件措置決定をなすに至つたこと、本件保育所は申請人の住居に真近く、操は既に二年間本件保育所に通園して来たことは前記のとおりであつて、いま貴船保育園に移るとなれば近所の子供達や、これまで親しんで来た保母等とも別れなければならず、その幼い心に与える影響は憂慮すべきものがあること、新規に入所する智子についても、兄や近所の子供達と一諸に直ぐ近くの本件保育所に通園するにつき他に何らの支障がないのにかかわらず、遠方の貴船保育所に通園しなければならない不利益は大きいこと、
以上の各事実を一応認めることができる。
右認定事実に照らして考えれば、回復の困難な損害を避けるために本件入所措置決定処分の効力を停止する緊急の必要があるとするのが相当である。
二 被申請人は、本件処分は被申請人の裁量権の範囲内においてなされた適法なものである旨種々主張するが、前認定のような理由と経緯でなされた申請人の団体除名が不当であることは明瞭であり、かつ本件児童がいわゆる属地属人的にも同和事業所象者であることに疑いがないのにもかかわらず、なお解同小倉地協との協議、確認がなければ本件児童を同和保育の対象とすることができない旨の被申請上の主張については、本件全疎明によるもこれを首肯するに足る根拠を見出し難いのであつて、そうである以上、本件をもつて本案につき理由がないとみえる場合に該るとなすのは相当でない。
なお、被申請人は、本件処分の効力が停止されると本件児童を保育すべき保育所が存在しないこととなり、却つて回復困難な損害を生ずると主張するけれども、本件児童について保育所入所措置が必要であること自体は争いがないところであるから、本件児童を貴船保育所に入所させる旨の本件処分の効力が停止された暁には、被申請人において更に本件児童を適切な保育所に入所させる措置をとるにつき法律上の妨げとなるものはないと解すべきであり、被申請人の右主張は採るをえない。
三 以上の理由により、申請上の本件申請を理由ありと認め、申請費用は被申請人に負担させることとして、主文のとおり決定する。
(裁判官 南新吾 小川良昭 辻次郎)
別紙一
申請の理由
1 申請人は児童木村操及び木村智子の保護者として児童福祉法二四条により右両者の保護委託をなしうる者であり、被申請人は同法三二条二項、北九州市福祉事務所長事務委任規則(昭和三八年規則三〇号)により児童を保育所に入退所させる等の措置権限を有するものである。
2 申請人は昭和五二年二月一〇日被申請人に対し、木村操につき保育所入所の継続(同児童は昭和五〇年四月一日以降北九州市立紫町市民館保育所に入所していた。)、木村智子につき新規入所の申込をなし、入所すべき保育所を右紫町市民館保育所に希望したところ、被申請人は、右保育所は同和地区保育所である関係上、これに入所するには入所申込書のほかに部落解放同盟小倉地区協議会の確認印を付した保育料滅免申請書の提出が必要であると称して申請人の右希望を容れず、昭和五二年三月三〇日申請人に対し右児童両名について私立貴船保育所への入所措置決定をなした。
3 申請人は昭和五一年五月二二日の「狭山裁判同盟休校」に反対し、部落解放同盟を除名されたものである。
部落解放同盟の確認印がなければ同和地区の保育所に入所できないとのことは、もとより法令上の根拠を有するものではなく(なお、申請人の世帯は生活保護を受けており、保育料は当然に免除されるので、保育料免除申請書の提出を求めるのは右確認印を得させるための手段にすぎない。)、北九州市がとつているいわゆる「窓口一本化」の方針に基づく。しかし、この方針によれば、部落解放同盟の方針に従わない者は事実上同和行政の恩恵から締め出されることとなる。本件はまさにこの場合に該当し、かくては行政当局が自らなすべき業務を部落解放同盟に売り渡し、これを私物化させるに等しいと言わなければならない。
従前、同和地区の児童が同和保育所への入所を拒否された事例はなかつたし、市立保育所に通園していた児童が当局の一方的な措置により転所させられた例もない。また、紫町市民館保育所の定員は一二〇名であるのに対し、昭和五二年四月二日現在の入所者は一〇〇名であつて、本件児童二名を入所させるのに何の問題もない。
以上のとおり、被申請人がなした申請人の児童らの貴船保育所への入所措置決定は、明らかに同和対策事業特別措置法の目的に反し、憲法一四条一項、地方自治法一〇条二項、一三八条の二に違反することが明らかであり、仮に保育所の指定が被申請人の裁量に属するとしても、裁量の範囲を逸脱した違法がある。
4 木村操が昭和五二年三月末日まで満二年間紫町市民館保育所に通園していたことは前記のとおりであり、同人の友達はすべて同保育所に通園している。しかも、本件児童らの住居は約三メートルの道路をへだてて同保育所のすぐ前にある。木村智子はまだ幼いが、近所の子供が全部同保育所へ行くのに何故自分だけが貴船保育所に行くのかを考える日が必ず来る。
保育所は単に子供を預ける場所ではなく、養護と教育を一体化し、人間性豊かな児童の育成を目的とするものであり、被申請人の本件措置決定は児童福祉法一条二項、二条、二四条に違反することが明らかである。
5 申請人は本件保育所入所措置決定の取消を求める訴えを提起したが、右決定が本件児童らに与える影響はもとより金銭をもつて償うべくもなく、また、本案訴訟が確定するまでに本件児童らが保育所入所の年齢を超えるならば、本件訴えの目的を達しえないこととなる。
よつて、右のような回復困難な損害を避ける緊急の必要があるので、主文掲記のとおりの裁判を求める。
別紙二
被申請人の意見
1 申請の理由第1、2項は認める。ただし、被申請人が木村操についての入所申込を受けたのは昭和五二年二月一六日、木村智子についてのそれは同月九日である。
同第3項中、申請人が部落解放同盟を除名されたことは知らない。紫町市民館保育所の定員及び入所者数、同和保育所への入所を拒否した事例がない(従前、すべての場合について後記関係団体の確認が存在した。)ことは認める。本件処分が違法であるとの主張は争う。
同第4項中、木村操が申請人主張の期間紫町市民館保育所に通園していたこと、申請人の住居がその主張の場所にあることは認めるが、その余の事実は知らない。本件処分が違法であるとの主張は争う。
2 本件児童二名に対する貴船保育所入所措置決定は適法であり、申請人の本案の訴えは理由がない。
(一) 北九州市における児童福祉法による保育所への入所の措置は、厚生省児童局長昭和三六年二月二〇日児発第一二九号通達に則り、毎年四月と一〇月に六か月の期間を定めて保育所入所措置決定をなし、期間満了後更に保育に欠ける事由がある場合は再度入所申込をさせ、措置理由があると認められるときは新たに六か月の期限を定めて入所措置決定をすることにしている(ただし、一〇月の時点での引き続いての入所措置決定は、措置継続通知書という様式で申込者に通知している。)。
申込者の児童につきどの保育所に措置するかは、あくまで被申請人の裁量事項である。申込者から希望がある場合は希望保育所を三箇所まで申出させることにしているが、被申請人はこれに拘束されることなく、これを参考としながらも、当該児童の保育の面での配慮並びに保育行政全般の適切な運用を図る観点から、被申請人の権限において、措置する保育所が決定されるのである。
申請人は、木村操及び木村智子の保育所入所申込に際し、いずれも紫町市民館保育所を希望した。しかし、同保育所は同和保育所であつて、ここに入所措置決定するためには、その判断資料として、申込者及び児童が同和教育になじむかどうかについて地区の関係団体との話合い協議が行われていることが必要であるため、これを証するものとして関係団体の確認印の押捺された書類(保育料減免申請書を併用し、これに押捺させる取扱にしている。)の提出を求めたが、申請人からその提出がされなかつた。
そこで、被申請人は、本件児童につき同和教育になじむかどうかの確認が得られないので、同和保育所への入所措置は適当でないと判断したが、措置理由はあるものと認め、右保育所以外で定員計画上三歳未満児(智子)と三歳以上児(操)が同時に入所できる保育所のうち本件児童にとつて通園距離が最も近い貴船保育所に入所措置の決定をしたのである。
右のとおり、本件入所措置決定は被申請人の裁量の範囲内で適正に行われたものであり、何らの違法はない。
(二) 同和問題の解決は北九州市政の重要課題の一であり、同対審答申及び同和対策事業特別措置法に則り同和対策事業を積極的に推進しているが、その一環として保育行政の面でも同和地区に特に同和保育所を設置している(同和保育所の建設には同和対策事業における特別の補助金が国からも支給され、保母の定数も一般保育所より多い。)。同和地区においては、親が受けて来た差別が乳幼児に受け継がれる結果としてその心身の発達が阻害されており、同和保育所はこの乳幼児を取りまく部落差別を積極的に解消して行くことを使命とし、目標としている。その保育内容は、その乳幼児が置かれた生活の現実を踏まえ、系統的かつ科学的に創造して行く必要がある。
同和保育所における保育は単に保育所内における一定時間保育(八時間保育)のみによつてなしうるものでなく、家庭と地域と保育所とが三位一体となつて始めて達成できるものである。したがつて、保育の内容も、保育所と親と地域の三者が望ましい人間像を描き、統一した目標のもとに定められるものであり、乳幼児の一日二四時間の生活を通して、しかも保育所と地域と親集団とが一貫して保育に取り組む必要がある。同和保育所における保育は、地域と親集団との深い理解と協力がなければ到底実施できないのである。
そこで、同和保育所への入所にあたつては、児童と保護者とが同和対象地域の人であり(属地属人主義)、かつ、同和保育に理解と協力を得られることが必要不可欠となるのであるが、これらの事項は被申請人において判断することが不可能であり、地域の関係団体との協議がどうしても必要となるのである。そのために、被申請人としては、保護者とその地区の関係団体との間でこれらの点につき協議が行われ、そして関係団体によつてその確認がなされることをもつて、右の要件の有無についての判断資料とせざるをえないのである。このことは、その関係団体に所属しているかどうかを問うものではなく、あくまでも右の趣旨での確認であつて、関係団体に所属していない者でも、この確認を得て同和保育所に入所している例はいくらもある。
(三) 被申請人は、申請人に対し、同和保育所を希望する以上は同地区の関係団体である部落解放同盟小倉地区協議会と協議をするように再三指導したのにもかかわらず、申請人はその協議すら行わない。このことは、申請人が同和保育に全く理解を示さず、協力もしないことの証左であり、被申請人としては、このような本件児童につき同和保育所である紫町市民館保育所に入所措置をすることは、前記のような同和保育の趣旨に鑑み到底できないところである。
3 申請人には回復困難な損害はない。
被申請人が申請人の児童二名を入所措置した貴船保育所は申請人住居から約八〇〇メートルの距離にあり、これは北九州市における保育所通園距離の平均である一、五〇〇メートルよりもはるかに近く、また、同保育所は私立ではあるが、保育内容その他すべての面において公立の保育所と何らの差異はない。
本件児童らは、新しい保育の場において、新しい友達と保母のもとで、更に人間性豊かな成育が十分期待できるのである。それよりも、同和保育に理解と協力の得られない保護者のもとで同和保育所に入所させられることの方が、却つて本件児童のために悪影響を与えることは明らかと言わねばならない。
更に、万一本件執行停止がなされたとすれば、本件児童を保育すべき保育所は全く存在しないこととなるが、このような事態こそ、本件児童にとつて回復困難な損害と言わなければならない。
以上の理由により、本件申立は理由がなく、却下されるべきである。